金や地位よりも、自分が本当に能力を発揮出来る仕事の環境をまず考える人でないと、なかなか外資の企業ではもたないのである。 もちろん、一生懸命に働き、結果を出せば、金も地位もおのずから手に入る。
要するに、自分の能力を客観的に測ることが出来、リスクを恐れず、いつも前向きに努力する人こそが、外資の企業で成功するタイプといえるだろう。 計算し、外資の企業のそれと比較して、どちらが得か決めようとする人がいるが、外資でこれからいくら稼げるかなど事前には誰も分からないのだ。
転職した時に約束された年収が、以後ずっと保証されるわけでもない。 まあ、ざっとこう説明すると、大半の外資志望者は尻込みする。
彼らは、「会社を辞めるにあたっては、妻や両親を説得しなければならないから、そんなあいまいなことでは困る」。 一般にロンドンの金融業界の給与は、製造業など他の業界より高い。
「一度はシティで働いてみたい」と言うイギリス人もいる。 日本では銀行の給料が他の業界よりも高く、けしからんと批判されているが、イギリスではそのような声はない。

日本なら、入社の年次によってどの程度の給料を貰っているか見当がつく。 ボーナスにしても、日本の査定方法ではあまり差がつかないから、同じ会社の同じ年齢層の社員の年収には大きな開きはない。
シティは違う。 大学卒業したての全くの新人は別として、一定の経験を積んで他社から移って来た社員は、入社前の交渉の席で、給与の額も話し合われる。
この時、年齢はほとんど考慮されない。 その人の能力や実績だけがものをいう。
何度かの交渉の結果、双方が合意し、契約書にサインすれば、契約成立である。 イギリスに限らず欧米の金融界はどの企業も、こうした途中入社組で成り立っているので、年齢からその人の給料を推測するのは難しい。
第一、「途中入社」などという観念自体がなく、従って、「途中入社」にあたる英語そのものがない。 シティと一口にいっても、年収は人によって千差万別である。
現在、投資会社を経営するG.H氏が、まだNインターナショナルに勤務していた九七年当時、「4000万ポンド(当時の換算レートで約85億円)の年収を得た」と新聞に報じられたことがある。 例外としても、年収1億円クラスはシティにはごろごろいる。
一方で、40代でも年収が3万ポンド(570万円)に届かない人もいる。 給料やボーナスに、年齢は関係ない。
勤務年数も関係ない。 過去の実績は少し関係あるが、いちばん重要なのは言うまでもなく、現在の実力である。

先端の金融商品に精通しているか、どれほどの顧客を持っていて、いくら稼いだか、がきびしくイギリスやアメリカのホワイトカラーには、労働組合がない。 鉄道や地下鉄、バスの従業員、学校の教師、郵便局員、自動車などの製造工場で働く人たちには組合があり、待遇改善を経営側と交渉するが、シティの労働者たちは、個人として自分の雇用条件を交渉する。
上司による査定が納得できない時は、その上司や、そのまた上司や、人事部を相手に交渉する。 どうしても納得出来なければ、弁護士を雇い、法的手段に訴えることもある。
これらの行為は、あくまでも個人的なことがらであり、よほど親しくない限り、同僚や他の社員に相談しないし、力も借りない。 その意味では、彼らは孤独であるかも知れない。
孤独は人間をたくましくもする。 日本のように、ホワイトカラーのサラリーマンにも(時には管理職にも)労働組合があって、雇用を守ってくれる仕組みはある意味で社会主義的であり、世界でも例がない。
その点、日本のサラリーマンは恵まれていた、といっていい。 「恵まれていた」と過去形で書いたのは、バブル崩壊の後遺症から抜けきれず、不景気が続いている現在、この仕組みが機能不全に陥っているからである。
また、別の問題もある。 当たり前のように、組織から庇護されてきた日本のサラリーマンが、個人として全くひ弱になってしまったことだ。
集団の中の一員としては強いが、組織を離れた個人としての強さが日本のサラリーマンにはない。 これまで、集団の中の1人として、企業から、組合から、手厚く庇護されて来たのだから、無理からぬことなのである。
だが、日本の失業率が5パーセントを超え、実質的には10パーセントに近いといわれるこの時代、組織の中にあっても外にあっても、「自分は自分であり、他のどの人とも同一ではなどという個人としての強烈な自負と覚悟を持たないと、生き抜くことは難しい。 そうした自負を持つには、他人から自分を差別化出来るだけの、専門的な能力と経験がなくてはならない。

中高年を中心として、日本の自殺者は年間3万人にのぼる。 2002年12月に厚生労働省の自殺防止有識者懇談会が出したレポートによれば、自殺の理由の第1位は「健康問題」で、第2位が「経済、生活、勤務の問題」である。
今、後者の理由による自殺が急増している。 その中には、リストラで職を失った多くの人々が含まれているだろう。
生涯雇用の時代が終わり、一個人として企業や社会に立ち向かうことに慣れていない日本人の、隠れた悲劇である。 日本のこれまでのサラリーマンと組織の関係が、このような事態を生んだ、と私は思っている。
ロンドンのシティにも日本人は大勢いる。 彼らと時に会い、酒を飲むと、バブル景気の頃の昔話になることがある。
金融業界におれば(それも外資の企業におれば)、80年代後半は誰でもたくさん稼ぐことができる時代だった。 正直なところ、私は回顧談が嫌いではない。
だが、なるべくその頃の話は避けるようにしている。 その種の会話は、結局、「もうあんなにすごい給料やボーナスを貰うことはないだろうな」という愚痴とも嘆きともつかぬセリフで終わるのが常だからである。
これでは老人の懐旧談と少しも変わらない。 シティにあって、今なおバブル時代以上の年収を稼いでいる日本人もいる。
運やめぐり合わせも確かにあるが、バブルの余韻に酔わず、バブル崩壊後も自分を鍛えながら、良い人間関係を築いて来たかどうか、で差がついているような気もする。 人間関係を大切にしながら他人とは一線を画し、組織に依存し過ぎず、個人としてのおのれの実力を高めること。
遺憾なく自分を表現出来る能力があること。 シティで生きていくための条件だ。
これらのことは、そのまま今の日本人に求められていることでもあると私は思うが、どうだろうか。 シティで私は一貫して投資銀行に勤務して来た。
最初の5年は営業部門、後の8年を調査部門で費やした。 投資銀行の花形といえば、一般の事業法人の直接金融(債券など金融商品を発行して、投資家から直接資金を調達すること)の手助けをする企業金融部門であろう。

国際的に名の通った投資銀行ともなれば、世界の一流企業と取引がある。 彼らが巨額の起債(債券を発行すること)を行なう場合、企業金融の担当者は、投資家側の需要や調達コストを聞き出し、金利や債券市場の動向を読みながら、発行する債券の条件についてきめ細かく助言し、起債案を提示する。
それにより、その債券のもっとも大きなシェアを引き受ける主幹事(英語で○○という)の地位を獲得するのである。 相手が親密な関係にある企業であっても、有力なライバル企業が何社もあって、虎視耽耽と主幹事の座を狙っているから気が抜けない。

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